11月 « 2013年12月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 01月

スポンサーサイト

--年 --月--日 --:-- (--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

納めのイルミネーション

2013年 12月31日 01:39 (火)

今年は60年ぶりに入院生活を余儀なくされたりして、何となく節目っぽい歳となった。
しばらくは病との共存生活が続くことになりそうだ。
何事によらず無理はせず、疲れたら休み、腹が減れば食べるという自然体を心掛けていこうと思っている。
本日は大晦日ということで、お世話になった方々への感謝をこめて都内のイルミネーションを集めてみた。
来年もあてもなく気ままで、能天気な徘徊を繰返すことになるらしい。


あ

い

う

え

お

か

く

け

こ

さ

し

す

せ

そ

た
スポンサーサイト

つくし野の奥の細道③

2013年 12月30日 01:15 (月)

ふと気が付いたのだが、つくし野徘徊で田都線の各駅漫遊は一応終了したことになるようだ。
どこの駅へ行ったて同じような街並みだろうと初めは高を括っていたのだが、どうしてどうして観察眼を働かせさえすればそれぞれの街で面白い光景に出会えて、病み付きになってしまった。
都内や横浜市内の地図を広げると未踏の街が目の前に広がっていて、来年も闇雲な徘徊を楽しんでいこうと思っている。


    さ

    し

    す

    せ

    そ

つくし野の奥の細道②

2013年 12月29日 01:10 (日)

つくし野の街を歩いていてまず気が付くことは街が台地の頂点に当たり、周囲が斜面状になっていることだ。
したがって見晴らしが大変良い場所があり、送電用の鉄塔がやたらと目に付くのだ。
この日は快晴で、碧空を背景にスックと屹立する鉄塔を眺めると、目の前に迫った元日ような清々しさを感じてしまう。


    き

    く

    け

    こ

    か

つくし野の奥の細道①

2013年 12月28日 01:04 (土)

長津田から中央林間までの田都線の各駅は駅前がいきなりマンションになっているのが普通の光景だった。
つくし野もそうに違いないと予想して降り立ったところ、マンションの姿は見えず言わば戸建ての街になっていたのは意外な感じだ。
駅前広場の向こうに東急ストアがあるにはあるが、人通りが少なく全体に何となく寂しい感じが漂う。
この点は隣り駅のすずかけ台などと同じ雰囲気だ。


    い

    う

    え

    お

    あ

門仲と辰巳新道③

2013年 12月27日 01:25 (金)

12月も27日になると正月が目前で新年を迎える準備で忙しそうだ。
富岡八幡では巫女さんがいそいそ荷物を社務所に運んでいたり、境内では玉砂利を補充したりする姿が見受けられる。
年季の入ったカルメ焼きの小父さんも一人黙々と門前で鍋を突いている。
毎年展開される下町の正月直前の光景なのだろう。


    さ

    し

    す

    せ
そ

    た

門仲と辰巳新道②

2013年 12月26日 01:23 (木)

職場のある新橋界隈は環状2号線の延伸と虎ノ門ヒルズの建設で街の姿が大きく変わろうとしている。
その一方で辰巳新道のようなどう見たって昭和でしかない街がしぶとくひっそりと残っていたりする。
これが「東京の街の懐の深さ」だなんて軽々には言わないが、こうした多面性が東京の街の貌を豊かにしているのだろうと思えてならない。


    か

    き

    く

    け

    こ

門仲と辰巳新道①

2013年 12月25日 01:20 (水)

門仲に行こうと思ったのは、辰巳新道を正式に徘徊するためだ。
以前別の目的で門仲を歩いた時、たまたまこの新道に行き当ったのだが、気にはなったもののやり過ごしていた。
それで今回思い切って借りを返そうと、再訪してみた。
前回感じたほど店の数は多くなく30店程度とのことで、エリアとしてもかなり狭く、千石のすずらん通りに近い規模ではないか。
ほとんどが1階が店舗、2階が住居の店舗兼用住宅で、小粒にまとまっている感じだ。
荒木町と同じようにこの街も夜の姿を見てみたい。


    あ

    い

    う

    え

    お

碑文谷から八雲へ⑤

2013年 12月24日 01:12 (火)

碑文谷ダイエー前の目黒通りからスタートした今回の徘徊は、終点も都立大学駅前の目黒通りとなった。
特に意図した訳でもないが、小学校時代のノスタルジーに浸る歩行となってしまった。
たまにはこうした懐旧の旅も仲々いいものである。


    101.jpg

    102.jpg

    103.jpg

    104.jpg

    105.jpg

碑文谷から八雲へ④

2013年 12月23日 01:00 (月)

八雲通りは懐かしい通学路なので、横道に入ったりして昔の面影の一片を探してみた。
そうしたら、あったのです。
学校帰りに何度も遊びに行っていた木村信夫君の家が(3枚目の写真)。
当時も決して新しい家ではなかったのだが、風雪に耐えてどうにか持ちこたえていたのだ。


    ま

    み

    む

    め

    も

    ら

    り

    る

    れ

    ろ

碑文谷から八雲へ③

2013年 12月22日 01:56 (日)

碑文谷から八雲へは目黒通りに戻り、都立大学駅へ向かう。
環七を過ぎ坂を下って右折すると八雲通りの入口になる。
ほぼ目黒通りと平行していて、先で自由通りとぶつかる。
かつてはこちらの方が本通りだったらしい。
途中に今年開校140年を迎えた母校の八雲小学校がある。
確か校歌に「桜の校章栄えある歴史、自律の気風を受け継ぐ我ら」なんて一節があったことを思い出した。
今にして思うと結構拡張の高い校歌だったんだなーと感心する次第だ。

    
    な

    に

    ぬ

    ね

    の

    は

    ひ

    ふ

    へ

    ほ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。