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宮崎台の奥の細道②

2013年 11月30日 01:17 (土)

宮崎台は改札を出て右に行き、最初の交差点を左にダラダラ登ると自然を生かした公園になり、その先はごく一般的な住宅街になってしまう。
奥の細道なんて気取ってみても、変化のない家並みが続くだけだ。
だが、こうした状況は初めから分かっていたわけで、今風に言えば想定内のことであり、アップダウンを繰返しつつ、どうやら東名道路の下に出た。
およその見当をつけ梶ヶ谷を目指して歩行を続ける。
おそらく初めて来たエリアなので、ある程度方向感覚はあっても駅への道が確定できず、通行人に聞いてどうにか梶が谷駅に到達。
欲張ってさらに溝の口を目指すことにした。


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宮崎台の奥の細道①

2013年 11月29日 01:02 (金)

徘徊士の先達とも言うべき俳聖・松尾芭蕉は「奥の細道」の旅で、東北から北陸にかけて延べ600里(2400㌔)の距離を150日間かけて歩いたという。
平均で1日16㌔の歩行になるが、1ヵ所に数日間滞在した場合もあるので1日の歩行距離はもっと長かったはずである。
黄昏徘徊士を自称する当方の徘徊方法は、これまで拠点の駅を中心にした歩行を基本にしてきた。
芭蕉に倣うわけではないが、駅からもう一歩奥の街並み探索にも挑戦してみようと思う。
その記念すべき第1回は宮崎台だ。


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再びクローズアップ-駒沢オリンピック公園⑤

2013年 11月28日 01:41 (木)

自由が丘に到着した時は既に夕暮れが迫っていた。
だが、毎度のことながらこのまま帰る気にはなれず、ざーっと一巡りしてみる。
何度も見ている街並みだが、時間帯が違うと見慣れた光景が何となく新鮮に感じられる。
それをいいことに駅から離れるように奥へ奥へと進むが、途中で陽も落ちてきたので見切りをつけることにした。

    
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再びクローズアップ-駒沢オリンピック公園④

2013年 11月27日 01:27 (水)

公園の外周道路の外れには都立大学の理学部があって、そこに世界的な植物学者・牧野富太郎氏の植物園があったりしたが、あの植物園はどうしてしまったのだろう。
このへんまで来るとどこの駅からも遠くなり、バスの便しかない。
それならと気合を入れ直し、自由通りに出て目黒通りとの交差点から一気に自由が丘の街を目指した。


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再びクローズアップ-駒沢オリンピック公園③

2013年 11月26日 01:22 (火)

東京オリンピックを契機に、駒沢もコンクリートと廃線となった都電の敷石で覆われてしまった。
それ以前はどうだったのか。
東映フライヤーズのフランチャイズだった駒沢球場があった。
その前はというと、赤土の山と雑木林の格好の遊び場だった。
春一番が吹くとその赤土が砂埃となって舞い上がり空が暗くなったりした。
球場では外野席に繋がっていた排水管を通って秘かに入場し、張本や毒島や山本八郎や水原監督を眺めことができた。
まー、良き青春時代だったと言うべきなのだろう。


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再びクローズアップ-駒沢オリンピック公園②

2013年 11月25日 01:16 (月)

駒沢オリンピック公園の象徴的な建造物といえば五重塔をモチーフにしたあの記念塔だろう。
ソニービルや東京芸術劇場を設計した芦原義信氏の作で、高さ50㍍の塔が池の中にスクッと立っているのはなかなか気持ちがいい。
東京オリンピックでは渋谷の代々木体育館が第一会場となり、例の丹下健三氏の貝殻のような建物が注目を集めた。
第二会場となった駒沢も渋谷に劣らず、記念塔は勿論、陸上競技場などの斬新さは50年を経た今でも変わらないように思う。

    
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再びクローズアップ-駒沢オリンピック公園①

2013年 11月24日 01:10 (日)

2020年のオリンピック東京開催が決まって以来、前回の東京オリンピックの会場となった駒沢オリンピック公園が再びクローズアップされている。
駒沢は何と言ってもあの「金メダルポイント」で一躍有名になったバレーボール会場だったのだ。
通っていた中学校がすぐそばにあったので、駒沢では競技場が出来る前から遊んだ覚えがある。
今となってはとても想像がつかないだろうが、当時は赤土の山であって雑木林などもあり、暗くなるまで泥んこになって駆け巡っていた。ヒバリを追いかけたこともあったほど自然がたっぷり残っていた。


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ニュータウン発祥の地-多摩センター駅周辺③

2013年 11月23日 01:04 (土)

多摩の山野を開発してこれだけの街造りを行ない、さらに発展していこうとするエネルギーはいったいどこからくるのだろか。
東京が持つ魔力によってだろうが外延的に拡大して郊外が外へ外へと広がり、そこへ日本中から人が集まってくる。
東京に限らず、いわゆる首都圏とよばれる所は今でも同じような状況が続いているらしい。
その分地方では若者がいなくなり、年寄りばかりの限界集落が出現している。


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ニュータウン発祥の地-多摩センター駅周辺②

2013年 11月22日 01:00 (金)

多摩センター駅からは、とてつもなく幅の広いパルテノン大通りが神殿(パルテノン多摩)まで続く。
途中には三越デパートや京王プラザホテルやヨーカ堂が並ぶ。
左に曲がった突き当たりには訳の分からないサンリオピュ-ロランドなるけったいな建物が出現する。
一種のテーマパークらしいが、一体これはなんなんだろう。
そうかと思うとベネッセの異様に高くて巨大な本社ビルが聳えていたりして、全く別世界が形成されている。


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ニュータウン発祥の地-多摩センター駅周辺①

2013年 11月21日 01:56 (木)

ニュータウンの魁となった多摩ニュータウン。
中心駅の多摩センターには京王相模原線と小田急多摩線が乗り入れ、都心からはだいぶ離れた感じだが最近では多摩モノレールまで登場し、交通は大変便利になっているらしい。
しかし、「人造の街」であることに変わりなく、後発の港北ニュータウンでも感じたよそよそしさをここでも感じてしまうのは、団塊徘徊士であれば仕方がないのか。


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