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消えゆく風景-麻布台あたり②

2013年 01月31日 01:43 (木)

      麻こ
                       希少価値となってきた銅版家屋
      麻さ
                       お役目ご苦労様でした
      麻に
                下のお店はスペインバル
  
  溜池からANAホテルを抜け、泉ガーデンを通って麻布台に下り、神谷町を経由して溜池に戻る。これが昼休み徘徊の最長コースで、高速歩行だと40分程度でゴールが可能。最近はブログ用の写真を撮るためその分余計に時間かかる。
  虎の門3~5丁目、麻布台あたりは江戸の頃から神谷町、葺手町と呼ばれ職人がたくさん住んでいた庶民の街だったらしい。そのためか今でも銅板建築が辛うじて残っていたり、洗い出しの古い店舗の1階が今流行りのスペイン・バルだったりして新旧が混在していて面白い。
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消えゆく風景-麻布台あたり

2013年 01月30日 01:40 (水)

      麻あ
                 新旧境界の坂道を下る
      麻う
                             モルタル、木造……
      麻く
                 この姿になって1年以上たつ
      麻け
                  未知なる狭い路地も

  麻布台のことは1度書いたことがあるが、何となく気になっていて昼休みの徘徊でこのごろ頻繁に通っている。盆地のような低地に既に壊すことが決まっている無人の人家があって、その周りをぐるっと近代ビルが取り囲んでいる。一目で建物の新旧交代が確かめられるのだ。これはなかなか得難い経験だ。
  木造ありモルタルありの古い家屋が役目を終えて、姿を消そうとしている。開発地と予定地との境界の坂を下る途中にこうした建造物が目につく。あと2~3年もすれば周囲と同様のビルが乱立するのだろうが、しばらくはこの新旧対決を楽しんでみようと思っている。
(続く)
  

鹿島立つ鹿島神宮へ③

2013年 01月29日 01:08 (火)

      鹿た
                 黒光りする瓦を載せた豪邸
      鹿ち
                              こんな木造の家も
      鹿つ
              かつては庄屋だったかも                          
      鹿て
              鹿は鹿島のシンボル           
      鹿と
              アントラーズの顕彰碑
      鹿な
              時ならぬ卜伝ブーム
  今の若者にとって鹿島というと神社よりもサッカーの街ということになろう。Jリーグ初代のチャンピオンに輝き、サッカーで街興しを推進するという、Jリーグの理念を実践してみせた。アントラーズの活躍なくして日本サッカーの発展はなかった。その功績の顕彰碑が駅へ下る四つ角に設置してある。
  サッカーに続いたのが塚原卜伝。神宮の神官の子として生まれ、塚原家の養子となった剣聖をNHKがドラマ化したことで、時ならぬ卜伝ブームが盛り上がったらしい。

鹿島立つ鹿島神宮へ②

2013年 01月28日 01:55 (月)

      鹿く
                         境内はとにかく緑が多い
      鹿こ
                         路地を入るとこんな佇まいも    
      鹿さ
                         しゃれた垣根のあるお宅
      鹿し
                         見事な梅の枝っぷり
      鹿せ
                         昔は参拝客の旅館だったらしい
      鹿そ
              豪邸の脇に立つ松の大木
  
  鹿島神宮は欝蒼とした森であることは前回書いたが、周辺は意外と緑が少なくなんとなくまとまりのない街だというのが率直な印象だ。それでも参道の路地を入ってみると風情のある住宅が残っている。参道にも昔は参詣客の宿屋だったと思われる店舗が今は飲食店として残っていたりする。
  駅の方へ向ってみると黒光りする瓦を載せた庄屋風の重厚な豪邸が数件目につく。なかなか立派な2階建てで、斜面に立っているので、遠方からでも相当目立つ。だが震災の影響にちがいないが、瓦屋根の一部が破損してるお宅も見受けられる。
(続く)

鹿島立つ鹿島神宮へ①

2013年 01月27日 01:17 (日)

      鹿あ
                          東関東自動車道で一路鹿島へ            
      鹿い
                   神宮への入り口
      鹿う
                   赤い楼門は三大楼門の一つとか 
     鹿え
                      お宮のキレイどこは巫女さんに尽きる  
     鹿お
                      ゆったりとした境内 
     鹿か
                      重文の奥宮   
      鹿き
             他のお宮ではあまり見られない欝蒼とした境内

  一昨年から関東近郊の有名寺社へ初詣に行くことに決め、1年目は成田山新勝寺、昨年は香取神宮、そして3年目の今年は鹿島神宮へ詣でた。東京駅から高速バスでジャスト2時間で到着する。戦時中は武運長久を願って戦地に赴く多くの軍人が参拝した神社だが、そうした面影は全く残っていない。
  境内の建物も荘厳で大きな建造物はなく拍子抜けの感じだが、天然木が鬱蒼と茂る神社の森が印象的で、昼なお暗き境内を歩くと森林浴へ来たのでは勘違いする。面白いのはふつう神社の参道は玉砂利が常識だが、鹿島は茶色い砂で、ゴロゴロしないためか大変歩きやすい。
(続く)

bookoffから出土した宝物

2013年 01月26日 01:26 (土)

        長

        サラ

  いまや古本屋のニュービジネスとして定着したbook offは基本的には定価の半額が相場になっていて、割安感抜群の古書店と言える。ただ、安いがためそれほど欲しいと思わぬ本も意志に反して買わされてしまう感じがして、このところ少々足が遠のいていた。
  ところが町田徘徊の折に久しぶりに飛び込んでみると、これが大当たり。何と何と長らく探していた田中長徳氏の「ウィーンとライカの日々」の背表紙が目に入ってきた。長徳氏がカミさんの声楽留学に同行し、1973年から1980年までウィーンに“拉致”されてから撮影されたいわば徘徊写真集。ウィーンでの話は彼の膨大な著作で“目にタコ”ができるぐらい読んできたが、実際に写真を見る機会はほとんどなかった。
  神保町の専門店で確か定価の3倍を超す値がついていた時は思わず手を引っこめたが、今回は迷わずゲット。レジに持っていく時、頬が緩むのが自分でも分かった。
  もう1冊同時に出土したのがセバスチャン・サルガドの「ESSAYS」という、2003年に東京都写真美術館での写真展の目録。ブラジル出身で経済学者からフリーのカメラマンに変身した異色の写真家。世界中の貧困、飢餓、難民、内戦などの生々しい現場や人々の風貌を捉えた告発型の作品を数多く残してる。コントラストが大変強い写真で、見るものを強引に現実に引き込もうとする力がある。
  

相模大野、町田を連チャンで歩く⑤

2013年 01月25日 01:46 (金)

      町か

      町き

      町く

      町け

      町こ

      町さ
  町田の再開発はかなり進み、新しい商業施設も増え小田急線の中核的な繁華街として順調に発展しているように見える。しかし、中心部分に他と比べ背の低い商店の密集地帯が未だに残っている。人一人がやっと通れる迷路が入り組み、明らかに戦後の闇市が今日まで生き永らえたと思える区域だ。その数も1軒、2軒件と少しずつ店を閉じているものの、すべての店が立ち退くまでには時間がかかりそうだ。
  
  この密集部分が開発されれば町田の再開発は一応完結するものと思われる。跡地に何ができるか既に建築計画は決まっているようだ。完成すればスキッとした今風の建物になることは間違いないが、かつての混沌とした戦後のマーケットが姿を消すことに一まつの寂しさを感じる方も多いのではないか。下北沢でも同様の開発が始まっていて、小田急線の“戦後”がことごとく消え去ろうとしている。

  

相模大野、町田を連チャン徘徊④

2013年 01月24日 01:42 (木)

      町あ

      町い

      町う

      町え

      町お
  町田市は細長い東京都の中央部にぶら下がるまるで盲腸みたいな位置にある。周囲は神奈川県の相模原市や大和市であるためか町田市が神奈川県に属すると錯覚している人が意外と多い。ヨドバシカメラ、ソフマップがあって西の秋葉原とも呼ばれるが、ITや電気関係の大型店舗はこの2店だけで、アキバのイメージはそれほど濃くはない。
  鉄道ではJR横浜線と小田急線が交差している。今でこそ両線とも駅名は町田だが、かつて横浜線は原町田、小田急線は新原町田という駅名だった。その頃は駅も別々に分かれていて、再開発により2階の歩行者通路で両駅が一体化された。
  町田の街を歩いて真っ先に気が付くことはとにかく若者が多く、しかも女子高生が圧倒的に多いことだ。渋谷や新宿など繁華街はどこでもそんなものと言えなくもないが、町田は特別高校生が目立つ。

相模大野、町田を連チャン徘徊③

2013年 01月23日 06:41 (水)

      相さ
      相し
      相す
      相せ
  鉄道の駅を起点に様々な街を歩いているが、飽きることがない。似たような街並みであっても、よく見るとその街その街の特色があったり、不思議に微妙な匂いを感じることがある。
  これからも更なる徘徊にチャレンジするつもりだが、大野・町田偏の次は少しお休みしていた東京の東部を探ってみようと思っている。どこにするか検討中だが、何となく東京を飛び出し千葉県・松戸市、埼玉県・草加市あたりを考えている。
(続く)

相模大野、町田を連チャン徘徊②

2013年 01月22日 01:29 (火)

      相か
                  駅前からマンションも続く
      相き
                   一寸した古さを残す路地                  
      相く
                       メインストリートに残るモルタル家屋           
      相け
                        カラフルな街並み

      相こ
                        大野は比較的新しい町だ

  大野の駅は小田原線と江ノ島線が分岐する要の駅で、関東圏の一大観光地を結んでいる。小田原線は小田急の路線としては小田原までだが、箱根登山鉄道に乗入れ箱根温泉の入り口である湯本まで乗り換えなしで行ける。江ノ島線は日本一の海水浴場に直結していて、江ノ電を使えば古都・鎌倉観光も堪能できるという魅力的な路線となっている。
  
  小田急線はこのように見方によっては観光列車と通勤電車が同じ線路を走っているとも言える。このためしばらく前から朝晩のラッシュで電車の遅れが目立つようになり、遅れの解消のため2004年から複々線の工事が始まった。全線の工事が終わるまでにはしばらく時間がかかりそうだが、改善に向かっているのは確かなようだ。
(続く)
   
 
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