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「町の忘れもの」

2012年 12月02日 01:55 (日)

          なあ
 
一寸前まで普通の人の普通の生活の中にあった様々な物が、時代とともに姿を消しつつある。そうした物を下街小僧を自称するなぎら健壱が自らの足で探しまわり、発見し写真を撮ってまとめた1冊。なぎら氏とはほぼ同年代なので、特に珍しい物はないが、一つ一つ見ていくと著者と同じような感想を持ってしまうのは致し方ないところ。
  目次を見ていくと貸本屋、コッペパン、おみくじ機、タコ足ソケット、銭湯のカゴ、殺虫剤の噴霧器、トイレの手洗い機と懐かしい物がどんどん出てくる。物だけにとどまらず、お百度石、建て前、行商、押し売りなど風習のようなものも取り上げている。
  どうやらこの本はスカイツリーの建設に刺激を受け、新しいものが出てくるのと同時に、古いものが失われていくことに危機感をおぼえ、完全に消滅しないうちに記録しておこうと発想して著したと察せられる。       
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出版社のPR誌

2012年 09月21日 01:00 (金)

          図書
  本屋のレジには数種の出版社のPR誌が置かれていて、自由にもらえるようになっている。気が小さいので、いただくのは一応購入した時のみと自分で決めている。買わないでももらえると思うのだが、書店員に切り出す勇気がないまま今日に至っている。岩波書店の「図書」もそんなPR誌の1種で、このたび最新版2012年9月号を入手した。思えば読書熱に侵されはじめた中学生時代にはじめてもらった覚えがある。そうだとするとこれは相当古いPR誌ではないかと思えてきた。
  調べてみると創刊は戦前も戦前の1938年(昭和13年)8月で、年表を繰るとこの年は外国ではヒトラーが統帥権を握り、国内では国家総動員法が公布され南京傀儡政権が成立していて、おまけに東京オリンピックが中止になったりしている。つまり軍の力が徐々に強まり、戦争に向け一歩一歩歩調を強めて行った時代ということになる。PR誌といえども内容的には読み物ありルポあり対談ありで、どうみても小型雑誌に近い。図書自身も「大勢の知的好奇心にあふれる読者に半世紀以上愛されてきた読書家の雑誌」といている。同業他社のPR誌の創刊年を見てみると、図書に次いで古いのは有斐閣の「書斎の窓」が1953年、次が集英社の「青春と読書」と新潮社の「波」が1967年で、このあと講談社の「本」が1967年と続く。
  9月号の「図書」の10月発刊予定を見ると森まゆみ・藤森照信の「東京たてもの伝説」が入っており、今から発売が待たれる。

1泊2日の東京徘徊

2012年 09月09日 01:01 (日)

         川本
       大井町の看板建築
       大井町看板
       ゼームス坂下の八百屋
       ゼームス坂
       蒲田の飲み屋街
       蒲田の飲み屋街

 東京散策紀行と映画評論でユニークな活動を続ける川本三郎の「東京の空の下、今日も町歩き」を読み終えた。青梅、武蔵村山、調布、赤羽、金町、大井町、あきる野という一般には東京の場末と言われそうな街を1泊2日で徘徊した記録。勿論世にいう観光地などにはほど遠い街をこれだけ選び、それなりに読ませてしまう表現力はたいしたもの。「すごいすごい」で終わりかねない名所旧跡エッセーよりよほど面白い。この味を覚えてしまうと、どんな街へ行っても自分ペースの徘徊が可能となる。登場する街の中で赤羽、大井町、調布などは徘徊した経験があり、お世辞にもスマートでステキな街ではないものの、適当に末枯れた感じがなんとも懐かしく、年を経た者にしか分からない独特の雰囲気がたまらない。
 著者は今はなき朝日ジャーナルの記者時代、自衛官殺害犯人と関わりをもち首になった特異な経歴を持つ。その後永井荷風や樋口一葉らいくぶんマイナーな昭和の物書きに目を向け、独自の手法を確立して評価を高めている。「かつての東京は下町と呼ばれる隅田川周辺が中心だったが、関東大震災と太平洋戦争の空襲の2度の壊滅的な被害の結果西部が開発され下町の住民が住むようになった」という指摘もある。

久しぶりの読書です

2012年 09月02日 01:00 (日)

          窪島
 いつの頃からか本を読もうと思っても活字に焦点が定まらず、そのうち眠気が襲ってきて気が付けば本を閉じている状況が続くようになってきた。今回もどうかな思いつつ読み始めてみたところ、意外や意外○頁を2日半で読み切ることができた。有森裕子ではないが「自分で自分を褒めてあげたい」心境だ。
 
 文章がエッセイ風で、何の抵抗もなく読めたのが”勝因”だとは思うが、勝因はやはり内容にあったというのが真実だ。読んだのは窪島氏一郎著「「明大前」物語」(筑摩書房刊)。窪島誠一郎といっても美術関係に興味がある方を除くとピンとこないだろう。では、「養父母に育てられた男が、どうも自分の本当の両親は他にいるのではと疑問を持ち、探した結果実は小説家水上勉の長男であることが分かり、○年を経て再開した」と説明すると「あの人か」と思い出す方も多いのでは。父子再開の顛末は別著「父への手紙」に詳しいが、本著では青春時代から人生の大半を過ごした明大前での生活や人々の交流を懐かしさを持って振り返りつつ、数奇な運命を辿ったわが身の波乱万丈の人生を哀惜の思いを込めて描写している。
 
 もう1点この本が興味深かったのは、ここでも登場する日本学園高校に通うため当方が3年間明大前で乗り降りしていたからだ。キッドアイラクホールにも行ったし、JAZZ喫茶「マイルス」の旦那が逃げた(このことは今回初めて知りました)という美人ママさん=本山雅子女史の顔を眺めに行ったりしたことも、今となっては大変懐かしく感じられる。
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